分子動力学計算による分子配置を基にした液体の内殻励起計算

液体試料のXASスペクトルは、液中の構造ゆらぎの情報を含んでいる。液体アルコールであるエタノールとメタノールのC K吸収端XASスペクトルを再現するために、分子動力学計算で得られた液体構造を基にした内殻励起計算を行った[1]。図1(a)に気体と液体のエタノールのC K吸収端XASスペクトルを示す。図1(b)に気体と液体のエタノールのC K吸収端の内殻励起スペクトルを示す。中心のエタノール分子と、そのCH2‒CH2距離が6 Å以内のエタノール分子を含む1000個の液体構造のスペクトルの重ね合わせにより、液体エタノールのC K吸収端の内殻励起スペクトルを得た。計算により得られたC K吸収端の内殻励起スペクトルはXAS実験で得られたスペクトル形状とよく一致すると共に、気体から液体への状態変化に伴うスペクトル変化をよく再現することを確かめた。

図1. (a) 気体と液体のエタノールのC K吸収端XASスペクトル。(b) 計算により求めた気体と液体のエタノールのC K吸収端の内殻励起スペクトル。

液体の内殻励起計算を、溶液中の高分子やソフトマターなどの大きな分子系に適用するのが重要である。そこで、溶液中のポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)のO K吸収端の内殻励起スペクトルを得るために、分子動力学計算で得られた40-mer PNIPAMの分子配置から、終端に水素原子を付加した5-mer PNIPAMと共に、溶媒である水分子とメタノール分子を第二配位圏まで抽出した[2]。図2に示すように、9700個の抽出した高分子構造の内殻励起スペクトルの重ね合わせから、メタノール水溶液中のPNIPAMの内殻励起スペクトルを得た。得られた計算結果はO K吸収端XAS測定の結果を良く再現していて、PNIPAMのC=O π*ピークのエネルギーシフトから、高分子鎖の構造変化、C=O基へのメタノール分子から水分子への水素結合の交換、C=O基への水分子の配位数の増加を詳細に評価できることが分かった。

図2. 分子動力学計算で求めた異なる濃度(x = 1.0, 0.8, 0.0)のメタノール水溶液中の40-mer PNIPAMの構造から抽出した、溶媒分子を含む5-mer PNIPAMのO K吸収端の内殻励起スペクトル。
  1. M. Nagasaka, J. Chem. Phys. 158, 024501 (2023).
  2. M. Nagasaka et al., J. Chem. Phys. 162, 054901 (2025).

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