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XASによるアセトニトリル水溶液中の孤立水の観測

アセトニトリル水溶液のO K吸収端XASスペクトルは、537 eV付近にシャープなピークを示して、これは液体水では見られず、水蒸気のようなピークとなる。分子動力学計算で得られた分子配置を基にして、アセトニトリル水溶液中の孤立水と異なるサイズの水クラスターの内殻励起スペクトルを求めた。その結果、O K吸収端XASで得られたシャープなピークは、水クラスターではなく、アセトニトリル中の孤立水に由来することが分かった。O K吸収端XAS測定により、水クラスターと分離して、孤立水の電子状態解析が行えることが明らかになった。

  1. M. Nagasaka, J. Phys. Chem. Lett. 15, 5165 (2024).

O K吸収端XASによるジメチルスルホキシド水溶液中の水素結合ネットワークの解析

異なる濃度のジメチルスルホキシド(DMSO)水溶液の水素結合ネットワークをO K吸収端XAS測定から調べた。水のドナーサイトはDMSOのS=O π*ピークから、水のアクセプターサイトは水の4a1ピークから、それぞれ調べた。分子動力学計算と内殻励起計算から、DMSO水溶液中の水素結合ネットワークの変化は、DMSOのS=O基と水のドナーサイトとの水素結合だけでなく、DMSOの硫黄原子と水のアクセプターサイトの間の双極子相互作用により、水の水素結合が壊されることも影響することが分かった。DMSO水溶液中の水素結合ネットワークには4つの濃度領域があり、それらがDMSO水溶液の特異な性質や、化学反応や生化学反応における溶媒効果に関係することが分かった。

  1. M. Nagasaka, J. Mol. Liq. 366, 120310 (2022).

XASによるエタノール水溶液中の疎水性クラスターの観測

XAS測定により異なるモル比率のエタノール水溶液中の疎水性クラスターの生成について調べた。C K吸収端XASスペクトルにおける低エネルギーのピークは、エチル基のCH3部分の炭素原子が3s Rydberg軌道に遷移する過程に対応していて、周囲の分子との相互作用の変化を良く反映する。C K吸収端XASスペクトルを内殻励起計算の結果と比較したところ、エタノールのエチル基同士の疎水性相互作用により、中間の濃度領域でエタノールのクラスターが容易に生成することと、それに伴い水分子同士の水素結合が増大することが明らかになった。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 126, 4948 (2022).

XASによるアセトニトリル水溶液の微小不均一性の解明

2液混合においてマクロには均一に見えるが、ミクロでは不均一である状態を、微小不均一性と呼び、溶液中の様々な化学現象に影響を与える。微小不均一性を示すアセトニトリル水溶液において、C, N K吸収端XAS測定によりアセトニトリルの、O K吸収端により水の分子間相互作用を調べた。C K吸収端XASスペクトルから、3つの特徴的な濃度領域を見出すと共に、相転移のような挙動を発見した。内殻励起計算を行ったところ、アセトニトリルと水の間の双極子相互作用が微小不均一性の発現に重要な役割を果たすと共に、双極子相互作用が水素結合よりも優勢である間、微小不均一性が持続することを明らかにした。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 124, 1259 (2020).

液体ベンゼンの構造変化の温度依存性

ベンゼンはπ−π相互作用をもつ最も単純な芳香族分子である。本研究では、ベンゼンが液相において秩序だった構造を示すのかどうかという基礎的な問いに答えるために、異なる温度の液体ベンゼンのC K吸収端XAS測定を行った。液体ベンゼンのπ*ピークは、温度が上がるほど、固体状態に近づき、気相のピーク位置から離れていく、通常とは逆の挙動を示すことを見出した。内殻励起計算を行ったところ、温度が上がるほど、ベンゼン間同士が平行で少しずれている構造から、ずれがなくなる構造に変化することが、この特徴的な温度変化の原因であることが分かった。液相の秩序だった構造の解析は、様々な化学・生化学現象のメカニズム解明に有効であると考えられる。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. Lett. 9, 5827 (2018).

XAS測定によるピリジン水溶液の分子間相互作用の解明

C, N, O K吸収端XAS測定により、異なるモル比率のピリジン水溶液(C5H5N)x(H2O)1−xの分子間相互作用を調べた。ピリジンが豊富な領域(x > 0.7)では、π*ピークは純ピリジン(x = 1.0)と大きく変わらず、液体ピリジンの構造を保っていることが分かる。一方、水が豊富な領域(0.7 > x)では、水のモル比率が増えるほど、Nピークが高エネルギーシフトするのに対して、ピリジン環のメタとパラサイトに由来するCピークが低エネルギーシフトすることが分かった。この濃度領域では、水分子同士の水素結合が大部分であるが、量子化学に基づく内殻励起計算の結果、希薄な水溶液においても、水の水素結合の中に、小さなピリジンクラスターが形成することが明らかになった。

  1. M. Nagasaka et al., Z. Phys. Chem. 232, 705 (2018).

液体水と塩水溶液における水素結合ネットワークの温度依存性

塩水溶液における水分子とアルカリ金属イオンの分子間相互作用を、O K吸収端XAS測定で調べた。塩水溶液におけるイオンに配位する水のPre-edgeピークは、陰イオンでは変化せず、陽イオンでは高エネルギーシフトすることを見出した。液体水の温度変化に伴う水素結合ネットワークの変化を、Pre-edgeピークのエネルギーシフトから調べた。LiCl水溶液におけるLiイオンに第一配位した水分子は、温度変化によるPre-edgeピークのエネルギーシフトが小さいことが分かった。ここから、Liイオンへの配位水の結合が強いため、温度を変えてもLiイオンの配位水の構造はほとんど変化しないことが分かった。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 121, 10957 (2017).

XASによるメタノール水溶液の局所構造解析

メタノール(MeOH)水溶液の局所構造をO, C K吸収端XAS測定により調べた。O K吸収端からは、MeOHと水の水素結合が分かり、C K吸収端からはMeOHのメチル基周りの分子間相互作用がわかる。異なるモル比率のMeOH水溶液(MeOH)x(H2O)1−xのC K吸収端XAS測定から、3つの濃度領域があることが分かり、その局所構造を分子動力学計算の結果と共に議論した。領域I (1.0 > x > 0.7)ではMeOHのクラスター中に少量の水が存在する。領域II (0.7 > x > 0.3)では、メチル基の疎水性相互作用によりMeOH‒H2O混合クラスターが形成する。領域III (0.3 > x > 0.05)では、水の水素結合ネットワークの中にMeOHが分離して存在することが分かった。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 118, 4388 (2014).

液体層の精密厚さ制御による液体試料のXAS測定

透過型液体セルを開発することで、液体試料の軟X線吸収分光(XAS)測定を実現した[1, 2]。液体層は2枚のSi3N4膜で挟むことで構成して、液体層の厚さは20 nm ~ 40 μmの範囲で精密に制御できる。異なる厚さの液体水のO K吸収端XASスペクトルが測定できたように、希薄な溶液では液体層を厚くして、その軟X線吸収量を最適化できるので、広い濃度領域で溶液のXAS測定を行うことができる。

  1. M. Nagasaka et al., J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 177, 130 (2010).
  2. M. Nagasaka et al., J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 224, 93 (2018).