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分子動力学計算による分子配置を基にした高分子溶液のO K吸収端内殻励起計算

溶液中のポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)のO K吸収端の内殻励起スペクトルを得るために、分子動力学計算で得られた40-mer PNIPAMの分子配置から、終端に水素原子を付加した5-mer PNIPAMと共に、溶媒である水分子とメタノール分子を第二配位圏まで抽出した。9700個の抽出した高分子構造の内殻励起スペクトルの重ね合わせから、メタノール水溶液中のPNIPAMの内殻励起スペクトルを得た。得られた計算結果はO K吸収端XAS測定の結果を良く再現していて、PNIPAMのC=O π*ピークのエネルギーシフトから、高分子鎖の構造変化、C=O基へのメタノール分子から水分子への水素結合の交換、C=O基への水分子の配位数の増加を詳細に評価できることが分かった。

  1. M. Nagasaka et al., J. Chem. Phys. 162, 054901 (2025).

N K吸収端XASによるポルフィリン金属錯体の金属-配位子間の非局在化の解明

水溶液中のポルフィリン金属錯体の電子状態と配位構造を調べるために、金属L2,3吸収端による中心金属とN K吸収端による配位子のXAS測定を行うことで、その金属-配位子間の非局在化を議論した。配位子のN K吸収端XASスペクトルにおいて、ポルフィリン金属錯体のスピン状態や電子状態の違いにより、ポルフィリンコバルト錯体(CoPPIX)のC=N π*ピークが、ポルフィリン鉄錯体(FePPIX)と比べて高エネルギーシフトすることが分かった。ここから、N K吸収端XAS測定により、金属-配位子間の非局在化の中心金属依存性を直接観測できることが分かった。また、異なる配位構造のCoPPIXの内殻励起計算から、水溶液中でCoPPIXに水分子が配位しないで5配位構造を維持することが分かった。

  1. M. Nagasaka et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 26, 23636 (2024).

XASによるアセトニトリル水溶液中の孤立水の観測

アセトニトリル水溶液のO K吸収端XASスペクトルは、537 eV付近にシャープなピークを示して、これは液体水では見られず、水蒸気のようなピークとなる。分子動力学計算で得られた分子配置を基にして、アセトニトリル水溶液中の孤立水と異なるサイズの水クラスターの内殻励起スペクトルを求めた。その結果、O K吸収端XASで得られたシャープなピークは、水クラスターではなく、アセトニトリル中の孤立水に由来することが分かった。O K吸収端XAS測定により、水クラスターと分離して、孤立水の電子状態解析が行えることが明らかになった。

  1. M. Nagasaka, J. Phys. Chem. Lett. 15, 5165 (2024).

O K吸収端XAS測定によるメタノール水溶液中のポリイソプロピルアクリルアミドの共貧性溶媒効果の研究

ポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)は、純水と純メタノールには溶けるが、メタノール水溶液には溶けなくなる、共貧性溶媒効果を示すことが知られている。O K吸収端XAS測定に分子動力学計算と内殻励起計算による理論計算を組み合わせることにより、この共貧性溶媒効果のメカニズムを調べた。その結果、共貧性溶媒効果の発現は、PNIPAMにメタノールの塊が疎水性相互作用することで、PNIPAMの疎水性水和が壊されて、PNIPAMが凝集することが原因であることが分かった。

  1. M. Nagasaka et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 26, 13634 (2024).

溶液中の金属錯体の光励起過程の時間分解XAS測定

時間分解XAS測定は、溶液中の金属錯体の光励起過程を調べるうえで有効な方法である。レーザーパルスを軟X線パルスとほとんど同軸に液体セルに導入することで、時間分解XAS測定を実現した。レーザーパルスに対する軟X線パルスの遅延時間を変えることで、[Fe(phen)3]2+水溶液の基底状態と光励起状態のN K吸収端XASスペクトルを得た。光励起による[Fe(phen)3]2+錯体の高スピン状態から低スピン状態への緩和過程を、配位子のN K吸収端XAS測定から調べて、その時定数はFe K吸収端XAS測定で得られた時定数に近くなることが分かった。

  1. F. Kumaki et al., J. Chem. Phys. 158, 104201 (2023).

分子動力学計算による分子配置を基にした液体アルコールのC K吸収端内殻励起計算

液体アルコールであるエタノールとメタノールのC K吸収端XASスペクトルを再現するために、分子動力学計算で得られた液体構造を基にした内殻励起計算を行った。中心のエタノール分子と、そのCH2‒CH2距離が6 Å以内のエタノール分子を含む1000個の液体構造のスペクトルの重ね合わせにより、液体エタノールのC K吸収端の内殻励起スペクトルを得た。計算により得られたC K吸収端の内殻励起スペクトルはXAS実験で得られたスペクトル形状とよく一致すると共に、気体から液体への状態変化に伴うスペクトル変化をよく再現することを確かめた。

  1. M. Nagasaka, J. Chem. Phys. 158, 024501 (2023).

O K吸収端XASによるジメチルスルホキシド水溶液中の水素結合ネットワークの解析

異なる濃度のジメチルスルホキシド(DMSO)水溶液の水素結合ネットワークをO K吸収端XAS測定から調べた。水のドナーサイトはDMSOのS=O π*ピークから、水のアクセプターサイトは水の4a1ピークから、それぞれ調べた。分子動力学計算と内殻励起計算から、DMSO水溶液中の水素結合ネットワークの変化は、DMSOのS=O基と水のドナーサイトとの水素結合だけでなく、DMSOの硫黄原子と水のアクセプターサイトの間の双極子相互作用により、水の水素結合が壊されることも影響することが分かった。DMSO水溶液中の水素結合ネットワークには4つの濃度領域があり、それらがDMSO水溶液の特異な性質や、化学反応や生化学反応における溶媒効果に関係することが分かった。

  1. M. Nagasaka, J. Mol. Liq. 366, 120310 (2022).

XASによるエタノール水溶液中の疎水性クラスターの観測

XAS測定により異なるモル比率のエタノール水溶液中の疎水性クラスターの生成について調べた。C K吸収端XASスペクトルにおける低エネルギーのピークは、エチル基のCH3部分の炭素原子が3s Rydberg軌道に遷移する過程に対応していて、周囲の分子との相互作用の変化を良く反映する。C K吸収端XASスペクトルを内殻励起計算の結果と比較したところ、エタノールのエチル基同士の疎水性相互作用により、中間の濃度領域でエタノールのクラスターが容易に生成することと、それに伴い水分子同士の水素結合が増大することが明らかになった。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 126, 4948 (2022).

アルゴン窓による低エネルギーXAS測定法の開発

200 eV以下の軟X線領域には、Li, B K吸収端やSi, P, S, Cl L吸収端があるため、化学や生物学にとって重要なエネルギー領域である。本研究では、低エネルギー領域の軟X線透過窓として、アルゴン窓を提案した。軟X線を分光する際に発生する高次回折光をAr L吸収端(240 eV)の吸収で取り除き、目的の一次回折光を取り出す。アルゴン窓が60 ~ 240 eVの低エネルギー領域の軟X線透過窓として有効であることをXAS測定から実証した。

  1. M. Nagasaka, J. Synchrotron Rad. 27, 959 (2020).

XASによるアセトニトリル水溶液の微小不均一性の解明

2液混合においてマクロには均一に見えるが、ミクロでは不均一である状態を、微小不均一性と呼び、溶液中の様々な化学現象に影響を与える。微小不均一性を示すアセトニトリル水溶液において、C, N K吸収端XAS測定によりアセトニトリルの、O K吸収端により水の分子間相互作用を調べた。C K吸収端XASスペクトルから、3つの特徴的な濃度領域を見出すと共に、相転移のような挙動を発見した。内殻励起計算を行ったところ、アセトニトリルと水の間の双極子相互作用が微小不均一性の発現に重要な役割を果たすと共に、双極子相互作用が水素結合よりも優勢である間、微小不均一性が持続することを明らかにした。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 124, 1259 (2020).

マイクロ流路の層流の顕微XAS測定

マイクロ流路の溶液混合の元素選択的な分析を目指して、軟X線XAS測定の適用を目指した。PDMS樹脂上に幅と深さが50 μmのT字型のマイクロ流路を作製して、100 nm厚のSi3N4膜を覆うことで、マイクロ流路セルを構成した。XAS測定は、軟X線照射後に生成する軟X線蛍光をシリコンドリフト検出器で収量することで行った。O Kα蛍光イメージから、水とピリジンが中心部分で合流して、混合流路部にピリジンと水の層流を確認した。空間分解能30 × 30 μm2のN K吸収端XASスペクトルから、層流の液液界面におけるピリジンと水のモル比率の空間分布を得ることに成功した。

  1. M. Nagasaka et al., J. Chem. Phys. 151, 114201 (2019).

液体ベンゼンの構造変化の温度依存性

ベンゼンはπ−π相互作用をもつ最も単純な芳香族分子である。本研究では、ベンゼンが液相において秩序だった構造を示すのかどうかという基礎的な問いに答えるために、異なる温度の液体ベンゼンのC K吸収端XAS測定を行った。液体ベンゼンのπ*ピークは、温度が上がるほど、固体状態に近づき、気相のピーク位置から離れていく、通常とは逆の挙動を示すことを見出した。内殻励起計算を行ったところ、温度が上がるほど、ベンゼン間同士が平行で少しずれている構造から、ずれがなくなる構造に変化することが、この特徴的な温度変化の原因であることが分かった。液相の秩序だった構造の解析は、様々な化学・生化学現象のメカニズム解明に有効であると考えられる。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. Lett. 9, 5827 (2018).

XAS測定によるピリジン水溶液の分子間相互作用の解明

C, N, O K吸収端XAS測定により、異なるモル比率のピリジン水溶液(C5H5N)x(H2O)1−xの分子間相互作用を調べた。ピリジンが豊富な領域(x > 0.7)では、π*ピークは純ピリジン(x = 1.0)と大きく変わらず、液体ピリジンの構造を保っていることが分かる。一方、水が豊富な領域(0.7 > x)では、水のモル比率が増えるほど、Nピークが高エネルギーシフトするのに対して、ピリジン環のメタとパラサイトに由来するCピークが低エネルギーシフトすることが分かった。この濃度領域では、水分子同士の水素結合が大部分であるが、量子化学に基づく内殻励起計算の結果、希薄な水溶液においても、水の水素結合の中に、小さなピリジンクラスターが形成することが明らかになった。

  1. M. Nagasaka et al., Z. Phys. Chem. 232, 705 (2018).

液体水と塩水溶液における水素結合ネットワークの温度依存性

塩水溶液における水分子とアルカリ金属イオンの分子間相互作用を、O K吸収端XAS測定で調べた。塩水溶液におけるイオンに配位する水のPre-edgeピークは、陰イオンでは変化せず、陽イオンでは高エネルギーシフトすることを見出した。液体水の温度変化に伴う水素結合ネットワークの変化を、Pre-edgeピークのエネルギーシフトから調べた。LiCl水溶液におけるLiイオンに第一配位した水分子は、温度変化によるPre-edgeピークのエネルギーシフトが小さいことが分かった。ここから、Liイオンへの配位水の結合が強いため、温度を変えてもLiイオンの配位水の構造はほとんど変化しないことが分かった。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 121, 10957 (2017).

XASによるメタノール水溶液の局所構造解析

メタノール(MeOH)水溶液の局所構造をO, C K吸収端XAS測定により調べた。O K吸収端からは、MeOHと水の水素結合が分かり、C K吸収端からはMeOHのメチル基周りの分子間相互作用がわかる。異なるモル比率のMeOH水溶液(MeOH)x(H2O)1−xのC K吸収端XAS測定から、3つの濃度領域があることが分かり、その局所構造を分子動力学計算の結果と共に議論した。領域I (1.0 > x > 0.7)ではMeOHのクラスター中に少量の水が存在する。領域II (0.7 > x > 0.3)では、メチル基の疎水性相互作用によりMeOH‒H2O混合クラスターが形成する。領域III (0.3 > x > 0.05)では、水の水素結合ネットワークの中にMeOHが分離して存在することが分かった。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. B 118, 4388 (2014).

溶液中の電気化学反応のオペランドXAS測定

オペランドXAS測定を実現するために、作用極、対極、参照極を備えた電気化学セルを開発した[1, 2]。100 mV/sの電位掃引中の硫酸鉄水溶液の電気化学反応のFe L吸収端XAS測定を行った。電気化学反応における鉄イオンの価数変動を得て、同じ電位掃引速度のサイクリックボルタンメトリー測定の結果と比較することで、その酸化還元反応のメカニズムを議論した。

  1. M. Nagasaka et al., J. Phys. Chem. C 117, 16343 (2013).
  2. M. Nagasaka et al., Rev. Sci. Instrum. 85, 104105 (2014).

液体層の精密厚さ制御による液体試料のXAS測定

透過型液体セルを開発することで、液体試料の軟X線吸収分光(XAS)測定を実現した[1, 2]。液体層は2枚のSi3N4膜で挟むことで構成して、液体層の厚さは20 nm ~ 40 μmの範囲で精密に制御できる。異なる厚さの液体水のO K吸収端XASスペクトルが測定できたように、希薄な溶液では液体層を厚くして、その軟X線吸収量を最適化できるので、広い濃度領域で溶液のXAS測定を行うことができる。

  1. M. Nagasaka et al., J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 177, 130 (2010).
  2. M. Nagasaka et al., J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 224, 93 (2018).