ポルフィリン金属錯体は様々な生化学現象に重要な役割を果たすことから、「生命の色素」と呼ばれる。多くの金属錯体がその機能を発現するのは、結晶状態ではなく、金属錯体の構造が変化する溶液中や足場タンパク質中である。本研究では、図1(a)に示す液体セルを用いて、水溶液中のポルフィリン金属錯体の電子状態と配位構造を、金属L2,3吸収端による中心金属とN K吸収端による配位子のXAS測定から調べた。図1(b)に水溶液中のポルフィリン鉄錯体(FePPIX)、ポルフィリンコバルト錯体(CoPPIX)、中心金属のないプロトポルフィリンIX (PPIX)のN K吸収端XASスペクトルを示す。PPIXは水素原子の有無による2つのC=N π*ピークがある。FePPIXとCoPPIXでは、金属の3d軌道と配位子の2p軌道の非局在化に由来する2つのC=N π*ピークがある。CoPPIXのC=N π*ピークは、FePPIXと比較して高エネルギー側にシフトすると共に、複数のピーク間のエネルギー差が大きくなる。FePPIXとCoPPIXのC=N π*ピークの違いは、金属錯体のスピン状態や電子状態の違いを反映したものであることが分かった。

FePPIXは水溶液中で5配位構造を維持することが知られているが、水溶液中のCoPPIXの配位構造は分かっていない。そこで、図2に示すように、異なる配位構造のCoPPIXのN K吸収端の内殻励起スペクトルを計算した。5配位構造のCoPPIXよりも、対アニオンのない4配位構造のdx2-y2準位とdz2準位のエネルギー差が大きくなる。水が配位した6配位構造のCoPPIXではdx2-y2準位とdz2準位が同じになり、C=N π*ピークが一つになる。実験結果と比較することで、CoPPIXは水分子が配位しないで5配位構造を維持することが分かった。配位子のN K吸収端XAS測定から、溶液中や足場タンパク質中のポルフィリン金属錯体の電子状態と配位構造を調べられることが分かった。
